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IAEA-TECDOC-341(1985)
緊急時条件における原子力発電所運転手順書の整備に関する動向
- タイトル
- Developments in the Preparation of Operating Procedures for Emergency Conditions of Nuclear Power Plants
- 和訳
- 原子力発電所緊急時条件における運転手順書(EOP)の整備に関する動向
- 著者
- IAEA(Technical Committee on Operating Procedures for Abnormal Conditions)
- 発行
- IAEA, Vienna, June 1985
- 文書番号
- IAEA-TECDOC-341
- ページ数
- 51ページ(本文31ページ+Annexes 16例)
- 分類
- IAEA技術文書(TECDOC)/EOP・手順書開発ガイダンス
- PDF
- IAEA_TE341_ATWS運転経験.pdf
注意:ファイル名・todo.mdの説明との相違
本PDFはファイル名「IAEA_TE341_ATWS運転経験.pdf」およびtodo.mdの説明「ATWS運転経験・制御棒挿入失敗事例集」とは内容が異なります。
実際の内容は緊急時運転手順書(EOP)の作成手法に関するガイダンス文書です。
ATWSは「特別な手順が必要な事象」の代表例として§3.4およびExample 6に言及されていますが、ATWS専用の事例集ではありません。
ATWS制御棒スティッキング事例については別の文書を参照する必要があります。
主要用語対訳
| 英語 | 日本語 | 略称 |
| Emergency Operating Procedure | 緊急時運転手順書 | EOP |
| Event-Oriented procedure | イベント指向手順書 | EO |
| Symptom-Oriented procedure | 症状指向手順書 | SO |
| Function-Oriented procedure | 機能指向手順書 | FO |
| Plant-State-Oriented procedure | プラント状態指向手順書 | PSO |
| Anticipated Transient Without Scram | スクラムなし予期過渡 | ATWS |
| Loss of Coolant Accident | 冷却材喪失事故 | LOCA |
| Emergency Core Cooling System | 非常用炉心冷却系 | ECCS |
| Safety Injection | 安全注入 | SI |
| Reactor Coolant System | 原子炉冷却材系統 | RCS |
| Reactor Pressure Vessel | 原子炉圧力容器 | RPV |
| Entry Condition | 起動条件 | — |
| Contingency Action | コンティンジェンシー操作 | — |
| Verification and Validation | 検証・妥当性確認 | V&V |
背景
1979年のスリーマイルアイランド(TMI-2)事故は、既存の緊急時運転手順書(EOP)の限界を露わにした。
イベント指向のみに依存した手順書では、複合的・予期外の事象に対応できないことが判明し、
各国の規制機関・事業者がEOP見直しを進めた。
IAEAは1982年から技術委員会(Technical Committee on Operating Procedures for Abnormal Conditions)を
組織し、加盟国(フィンランド・フランス・西ドイツ・インド・スペイン・英国・米国・ブルガリア・日本等)の
実務経験を集約。1985年に本文書を発行した。
目的
- EOPの4つのアプローチ(EO・SO・FO・PSO)を比較整理し、各アプローチの適用範囲と限界を示す
- EOPの内容(通常・非常用手順、特別手順)に関するベストプラクティスを提示する
- 手順書のフォーマット(ステップリスト・フローチャート・ブロック図等)の設計指針を示す
- 訓練・検証・妥当性確認(V&V)の要件を整理する
文書構成・手法
| 章 | 内容 |
| Chapter 1 | はじめに — TMI後の各国EOP改訂の背景 |
| Chapter 2 | 4つのEOPアプローチの概説と比較 |
| Chapter 3 | EOP内容 — 通常/非常/特別手順(ATWS・全交流電源喪失含む) |
| Chapter 4 | 手順書フォーマット — ステップリスト・ロジック図・フローチャート・ブロック図 |
| Chapter 5 | 訓練 — シミュレータ活用・繰り返し訓練 |
| Chapter 6 | 検証・妥当性確認(V&V)— 机上解析・シミュレータ検証 |
| Chapter 7 | 結論と勧告 |
| Annexes | 実例16件(EO手順例・LWR起動信号例・フローチャート例・ブロック図例等) |
主要内容・結果
1. EOPの4つのアプローチ
① イベント指向(Event-Oriented, EO)
特定の事故事象ごとに手順を記述。各手順の入口条件が明確。TMI前の主流。複合事象・複数同時事故への対応が困難。
② 症状指向(Symptom-Oriented, SO)
計装が示す症状(高圧・低水位等)に基づく手順。事象特定を必要としないため未知事象にも対応可。米国Westinghouse ERGが代表例。
③ 機能指向(Function-Oriented, FO)
炉心冷却・反応度制御等の安全機能の維持を目標とした手順。安全機能の喪失検知から優先操作を導く。
④ プラント状態指向(Plant-State-Oriented, PSO)
プラントの物理的状態(冷却材温度・圧力・水位)に基づく手順。フランスEDFが開発。最も複雑だが网羅性が高い。
各アプローチは相互排他的ではなく、実際の手順書ではハイブリッド型(EO+SOなど)が採用される場合が多い。
EOアプローチは入口条件が明確で使いやすいが、TMI的な複合事象への対応が弱点。SOアプローチはTMI後急速に普及。
2. ATWSを含む特別手順(§3.4)
§3.4では、通常のEOP体系には含めにくい「特別な手順」として以下を明示:
- ATWS(スクラムなし予期過渡) — 特別な対応手順が必要な事象として明記
- 全交流電源喪失(Total Loss of AC Power)
- その他の重大事象
ATWSはEOPの通常手順体系では対応が困難であり、専用の手順書(Contingency Procedure)が必要とされる。
Example 6(PWR向けイベント指向EOP一覧)では、項目8として
"Anticipated transients without scram" がEOP対象事象として明示的にリストアップされている。
3. 手順書フォーマットの設計
| フォーマット | 特徴 | 適用例 |
| ステップリスト形式 |
操作手順を番号付きステップで列挙。シンプルで訓練しやすい |
Example 12(不良フォーマット→改良フォーマット比較) |
2列形式 (ACTION / RESPONSE NOT OBTAINED) |
左列に操作、右列に期待応答が得られない場合の対処を記載 |
Example 12B(SI終了判断手順) |
| コンティンジェンシー付き2列形式 |
左列:操作・確認、右列:逸脱時の分岐操作 |
Example 13(BWR RPV水位確認手順) |
| ロジックフロー図 |
AND/OR条件を図示。症状→操作の論理構造を可視化 |
Example 11(主電源喪失後の回復ルート) |
| フローチャート |
ステップ間の分岐・並列を図示。操作の全体像把握に有効 |
Example 14(RCS硼素化・冷却手順) |
| ブロック図 |
状態遷移とパラメータ閾値を組合せた図。PWR SI管理等に使用 |
Example 15(PWR安全注入管理) |
改良フォーマットの要点(Example 12):
IF-THEN構造を明確化し、複数条件(AND/OR)の論理をステップに展開する。
「RESPONSE NOT OBTAINED」欄で期待値不成立時の分岐先ステップ番号を明示することで、
オペレータの判断負荷を低減する。
4. LWR起動信号とBWR固有手順(Example 4)
Example 4では、LWR(PWRおよびBWR)向けのEOP起動信号の例が示されている。
BWR固有の信号として以下が含まれる:
- RPV水位(低水位スクラム・ECCS起動信号)
- 格納容器圧力・温度(ドライウェル)
- サプレッションプール水位・温度
Example 13(BWR手順例)では、RPV水位確認ステップ(13インチ以上を確認)を左列に、
水位維持不可の場合にE-40, "Level Control"手順へ移行する指示を右列に記載したコンティンジェンシー付き形式が示されている。
5. 訓練・V&Vの要件
- 訓練:シミュレータによる繰り返し訓練が必須。EOPの変更時は再訓練。シフトスーパーバイザー・コントロールルームオペレータ・現場員(Roundmen)の役割分担を手順書に反映
- 検証(Verification):手順書が解析ベース文書(Study Document)と整合しているかの机上確認
- 妥当性確認(Validation):シミュレータ・プラントでの実施確認。期待操作時間・オペレータ認知負荷の評価を含む
Example 16では、1つの統合手順書から「調整文書(シフト管理者用)→操作シート(制御室員用)→現場員用シート」へ
役割分担に応じて分割する加盟国の事例が図示されている。
6. 結論と勧告
- TMI以降、症状指向・機能指向・状態指向アプローチへの移行が加速しており、イベント指向単独の手順書は不十分
- EOPは定期的なレビューと更新が必要。プラント改造・運転経験フィードバックを反映する仕組みを確立すべき
- ATWSを含む特別事象には、通常のEOP体系とは別に専用手順書を整備すること
- フォーマットはオペレータの認知負荷を最小化する設計とし、IF-THEN-ELSE構造・2列形式・フローチャートを積極的に活用すること
- V&VはシミュレータとWalk-Throughを組み合わせて実施すること
コメント
-
ファイル名との不一致:本文書はATWS運転経験・制御棒スティッキング事例集ではなく、
EOP作成手法のガイダンス文書である。ATWSは§3.4とExample 6で言及されているに留まる。
ATWS制御棒スティッキング事例については、別の文書(SSM報告書等)を参照すること。
-
歴史的位置付け:1985年発行であり、TMI(1979年)直後の過渡期における
各国EOPアプローチの整理文書として価値がある。当時はWestinghouse ERG(症状指向)が
注目されていたが、各国がまだ移行中であった。
-
BWR安全分析への示唆:ATWSが通常EOP体系の外側に位置する「特別手順」であるという
国際的認識がこの時点で確立していたことを示す。代替スクラム系・SLC・ARIの作動シーケンスに
特化した専用手順書の必要性の根拠として参照できる。
-
現在の規制基準との比較:本文書はTMI直後の1985年の認識を反映。
現在のIAEA安全基準(SSR-2/1 Rev.1 2012、TECDOC-1791 2016)ではDEC・症状指向・
状態指向の概念がさらに発展している。
主要章 全文翻訳(抄訳)
Chapter 2:緊急時運転手順書のアプローチ(抄訳)
緊急時運転手順書の開発には、主として4つのアプローチが存在する。
イベント指向(EO)アプローチでは、特定の異常事象を診断したうえで、
その事象に対応した手順書を選択する。一方、症状指向(SO)アプローチでは、
プラントパラメータが示す症状から直接手順を起動し、事象の診断を必要としない。
機能指向(FO)アプローチは炉心冷却・反応度制御等の安全機能の維持を
目標として操作を決定する。プラント状態指向(PSO)アプローチは
冷却材温度・圧力・液位等のプラント物理状態を基準に手順を選択する最も包括的な手法である。
Chapter 3.4:特別手順(抄訳)
以下の事象については、通常のEOP体系では十分に対応できないため、特別な手順書を準備する必要がある。
- スクラムなし予期過渡(anticipated transients without scram: ATWS)
- 全交流電源の完全喪失(total loss of AC power)
これらの事象は、複数の安全系の同時機能喪失を伴う可能性があり、
通常のEOP体系が前提とする事象診断・安全系起動の枠組みでは対応が困難である。
したがって、各施設はこれらの事象に特化した contingency procedure を整備し、
定期的に訓練を実施するべきである。
Chapter 7:結論(抄訳)
EOPの開発においては、TMI-2事故の教訓を踏まえ、イベント指向アプローチの限界を認識したうえで
症状指向・機能指向・状態指向アプローチへの移行または組み合わせを検討するべきである。
手順書は明確な入口条件・コンティンジェンシー操作・分岐先を有し、
オペレータが高ストレス下でも迷わず実行できるフォーマットとすること。
また、シミュレータによる定期的なV&Vと訓練を制度として確立することが不可欠である。
キーワード
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シミュレータ訓練
IAEA
1985